「ニコライ堂」で ~ピカピカとはげちょろけ~

a0024385_1292087.jpg修復が済んで真っ白な壁がより一層ひそやかなるも清々しく、荘厳な雰囲気を感じさせるニコライ堂。

ふと思い出した、タイとミャンマーに行ったときのこと。
あそこはとても信心深い国。
ピカピカの仏さんや目がくらくらするようなまばゆい寺院、金色のパゴダなんかが並んでいる。
最初はぎょっとしたが、何度も見ているうちに、今なお篤い信仰が生活にしっかり根付いているからこそ、手をいれ、直し、敬い、飾っているんだなあと思うようになる。
そうなると、「ピカピカ」も気にならなくなる。

日本で見る仏さんやお寺は古い、はげちょろけのもの。
でもそれはそれでいいような気がする。
昔からあるものを、部分的な修復はすれども、時代を超えた形で今なお残すってのも、一つの方法かもしれない。

ところで、ロシアのイコン。
ニコライ堂に寄贈されたイコンはほとんどが本場・ロシアから贈られたものだそうで。
中にはソ連時代に描かれたイコンもあるそうだ。
宗教を打ち捨てた時代に描かれたイコンは、正面祭壇の一番目立つところにある。
義務的・機械的に描かれたものとは思えない。
やはり「想い」のこもったものなんである。

以前ロシアに行ったとき、実に数多くの教会が修復作業の真っ只中だった。
共産主義の70数年の時間なんて、1000年以上も歴史の中心として生きてきた信仰・伝統・文化を打ち消すことなどとうていできない、というのをまざまざと見た思いだった。

中国で「観光客が来るから作ったんだ」という、げんなりするような仏像とやらを見た。
っていうか、否が応でも目に入ってくる。
でもその一方で、商売の神様と化した関羽だって、文革くらいでは消えなかった。
ある意味一番中国らしい神様か。
そういうのもちゃんと残るんである。

ピカピカだろうがはげちょろけだろうが、そう簡単にDNAに染み付いたものは、消えない。
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by kababon_s | 2004-07-24 01:57 | 東京&埼玉