「アキハバラ@DEEP」:あの世とこの世の境目

読了。
なんともタイミングよく、クリスマスに読み終えた。
その意味は、読んだ方ならおわかりかと。

世界で最も最先端のテクノロジーと国境を越えたオタクの聖地、そしてもっともファッションから遠く離れた街・アキハバラ。
私のPCも実はアキバのショップで買った組み立てマシーン。
その名も「アキバ1号」という。
だから、あの街に流れる異様なエネルギーは私も知ってる。
「うわぁ……」と思いつつ、そこかしこに張られているポスターやら何やらがどういったキャラクターか、ジャンルか、主旨のものなのかが判ってしまう自分に苦笑いしながら。

私のベクトルは自他共に認めるオタクである。
アンテナがどうしたってそっちに向いてしまう。
でも「自他共に認める」と言い切れるようになったのは最近のことだ。

私がアニメ好き・漫画好き・お絵かき好きのオタクバリバリ全盛のころ。
それは言いたかないけど、もうはる――か昔(^_^;)
このテの人種は「ネクラ」だのなんだのと、非常にキモい、怪しい一種「落伍者」的な目でもって見られる風潮って、あった。
それだけでイヂメやハジキの対象だったりした。
だからそうした自分の趣味を、あまり大声ではいえなかっし、言いたくもなかった。
同時にあまりに社会性を逸脱した性格の「同種」をたくさん見てきたものだから。
「社会性を失わないオタクになろう」なんて、これがいつしか世渡りの指標のひとつになってた。

だから今、人にはよくこう笑って説明する。
「あの世とこの世の境目でバランスをとりながら生きてきた」と。

時代は変わった。
こんなにオタクが認知されるとは思っていなかったし、いまやオタクが世を席巻している。
漫画やアニメだけでなく、ありとあらゆるジャンルの「オタク」が、それぞれの分野で何かを動かそうとしている。
「これからは無償のサービスが世を動かす」と経済誌なんかでも声高に叫ばれている。
「無償のサービス」「情報提供」が苦にならないのは、オタクゆえ。
それは「楽しい」から発する。
アキハバラ@DEEPの社員たちがそうだったように。
オタクって、一種、好きなことを語っていればシアワセなのだもの。
万人が解ろうが解るまいがかまわないのだ。

そうした日本の現代の象徴・アキハバラを舞台に人工AIが語りかける物語は、なにやら現代と近未来の、本当なのかフィクションなのか錯覚するような世界。
不思議な読後感。
まさにあの世とこの世の境目を、ネットの海の中で漂流するような、そんな気分。
いつかこの私のPC「アキバ1号」のなかに、私的にカスタマされたAIが語りかけてくる日が来るのだろうか。
なんかこうして文字を打っているあいだも、筐のなかからなにやら視線を感じるような気がしてならないから、不思議。
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by kababon_s | 2004-12-26 03:04 | Books