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2014年12月上田:六連銭×…一体いくつ?

上田覚書というか写真ばっかですが。
六連銭どれだけ好きなの(笑)という町中レポ。

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デフォルト。

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そもそもこの人、真田幸村こと信繁。

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JRもコレ。

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町案内は、まあ基本ですが。

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もうずっとこんな感じ(笑)

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色付き(^^)

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商店街も。

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町内が変わっても。

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ワンコも…。

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セブンイレブンの入っているビルなんですが…ユキムラ…。
どんだけ好きなんだw

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市役所前にコレ。
こんな感じで十勇士も続く、講談推奨か(笑)
お兄ちゃんは沼田分家だからカウントされないのか(´・ω・`)

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神社も…

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真田と眞田ってどうちがうの?

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これはいったい何w

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サマーウォーズだけど六連銭w

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古い商家ののれん。
さるぼぼ??

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土産屋。

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…携帯せよ…(笑)

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さりげに武田ってのが真田の歴史。

サントミューゼにも六連銭ついてるかも…と思いましたが、さすがになかったですね。
いや、なかなか筋と気合と気骨のある町です。
楽しかった(*^▽^*)
季節のいい時にまた行きたいものです。

皆様良いお年を!
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by kababon_s | 2014-12-31 19:02 | Travel/City

2014姫路(3):牡蠣と地元飯

●まずは牡蠣だ

姫路の名物はアナゴ、姫路おでん、冬は牡蠣、らしい。

というわけで、とにかく旬だといわれる牡蠣は絶対食べるぞ!という固い決意の元に出かけました。
牡蠣は26日の姫路の海鮮祭り、お隣室津の牡蠣祭り、さらにその先赤穂から広島に至るまで、冬の瀬戸内海地域ではどこかで牡蠣祭りが行われている模様。
広範囲に渡る瀬戸内海の冬の味覚なのね。

ということで、牡蠣。
一応事前にネットで口コミを調べはしますが、最後に頼るのは自分の直感と美味いものアンテナ。
町中をなーんとなく歩き回り、看板を眺めながら引っかかった店が「隠れ家和食 海鮮さくらの離れ」。
メニューにいきなりあります、「牡蠣のカンカン焼き」。
牡蠣――♪

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一斗缶の半分くらいの缶に牡蠣と塩水(赤穂の塩だそう)を1センチほどを入れて直火で蒸し焼きにするという豪快料理です(笑)

牡蠣にでっかいフジツボが付いてます。
しかもお値段1キロで1500円って、何この破格値!
牡蠣15~6個は入ってますよ。
ゴーカイです。

そして当然の如く置かれた軍手と蟹フォーク。

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つまり自分で剥いて食べるんです。
楽しいですがアチチチチです、できたては。

剥いてみるまで中身はわからず、やはり大小まばらではありますが、何もつけない塩蒸し牡蠣はぷりぷりとしてて潮の香りがほんわり。

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ポン酢や、お好みで大根おろし、ネギを入れたりとバリエーションを楽しみつつ、黙々と食べ続けてすっかり牡蠣無口状態でありました。

サラダ、天ぷらに酒と飲み、食べ続け、〆にアナゴ飯をいただいたのですが、突進してしまい写真撮り損ねるという大失態。
蒲焼きアナゴを5ミリくらいにスライスして、大葉と一緒にご飯に混ぜ込んだものなんですが、上品な薄味で、アナゴの脂と大葉がいいハーモニーでございます。
ひつまぶしみたいにお茶漬けにしてもいいかもだ。
美味しゅうございました( ̄人 ̄)

●牡蠣2個100円

翌日は朝から海鮮祭りを覗きにいきます。
焼き牡蠣2個100円とか、またこれどういう値段w

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でっかいプリプリの牡蠣に炭の香りで、これも美味。

海鮮市のようなもので、ふと見たら牡蠣1.5キロ1000円って――!!

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昨晩のカンカン焼き1500円でも破格値と思ったのに、これが姫路の市場価格なのか!?
持って帰れるなら持ち帰りたい!
軍手と蟹フォークがあれば牡蠣は開けられるんだしー!

ほかにもスーパーにあるロールのビニール袋サイズに生ワカメがみっちりと入って400円、ちりめん(みっちり)200円とか、ほんとに持って帰れるなら持ち帰りたいお値段で悶絶です。
カントーの人間には珍しい丸餅が12個200円だったので、これは購入。
小分けパックなので使いやすいし。
醤油で焼いたりきな粉つけたり、いろいろ楽しめそうです。

●山羊座の官兵衛ランチ1222円

ちょこっと観光をして、お昼は駅前付近のお店「居酒屋 つなぎ」。

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ここも通りすがりの美味いものアンテナ直感で入りましたが、お店のなかも結構おしゃれです。
いい感じ。

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町を挙げての官兵衛ブームの中で、多分このイベントのために考案したのであろう「姫路官兵衛ランチ」がありました。
旬の海鮮、姫路おでん、焼きアナゴに揖保乃糸にゅうめんと、姫路の味覚てんこもりです。
1222円、というのは官兵衛さんの誕生日が12月22日だからだそうで(笑)
山羊座の官兵衛さんには妙に納得。

ともかくランチ、旬の海鮮で付いてきたのは生タコ。
これがまた生ならではのムニャコリッとした食感がヨロシイです。
冷凍の水っぽさもない、みっちみちのタコです(どういうタコ)。

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姫路おでん。
普通におでんなんですが、生姜醤油につけて食べるのが姫路風なのだそうで。
姫路では普通にこうして食べるのだとか。
生姜醤油もまあ美味しいのですが、普通に食べても出汁がしみてて美味ヨロシ。

そして焼きアナゴ。
味は薄口醤油で蒲焼きにした、という感じで、前日に食べたアナゴ飯のアナゴ同様、薄味関西風なのでしょうか。
うっすらと甘みはありますが、カントーの蒲焼きのように甘辛パンチの効いた味とは違います。
でも脂も乗ってて、とにかくご飯が進みます。

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揖保乃糸にゅうめん。
メニューに「播州揖保乃糸」と書くところが「姫路にこだわった」という押し所でしょうか。
にゅうめんはともかく、お吸い物の出汁が一口でそれと分かる昆布です。
がっつり徹底的に昆布出汁のお吸い物は、カントーの人間からすると一口で「ああ、西にきた」と思わせられます。
地元の方々にしたら「それフツー」と言われるものなのでしょうけど、やはりカントーって鰹文化なのだと改めて実感します。

というわけで、これに季節のデザートとコーヒー・紅茶等々のソフトドリンクが付きます。
デザートは抹茶くず餅でした。
コーヒーがインスタントだったのがなんですが、官兵衛祭りのメニューとして一生懸命考えたんだろうな、というのが伝わってきますし、姫路の代表的な味覚が楽しめるので観光客には喜ばれるでしょうし、実際喜びました(笑)

何よりお店のサービスがとても感じが良かった。
帰りに雨が降っていたのですが、ビニール傘を1本くれました。
ありがたや。

というわけで、お腹いっぱいの姫路飯でした。
魚が美味い町っていいなぁ(´∀`)
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by kababon_s | 2014-02-07 02:03 | Travel/City

2014姫路(2):網干散歩で昔の西洋建築に出逢う

網干の町ですが、駅前に観光案内所みたいなのはなく、町中の「あぼしまち交流館」で地図をGET。
てか、ここまで来ないと地図がないのだ。
うまく辿り着けたからいいけど、迷ったら放浪。

ともかく。
デフォルト海なし県育ちなので、まずは海があるなら見に行きたい、ということで出かけていったのが網干浜。
「歩いて30分くらいかなー」なんて、交流館の方に明るく言われて、でも歩きました(笑)
川沿いに歩け、といわれた川は揖保川。
そうめんの「揖保乃糸」です。
お隣の龍野(たつの市)が「揖保乃糸」の生まれ故郷だそうです。

浜は引き潮で、その向こうに見えるのが播磨灘。

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けぶってますが。
でも海を見ると旅情テンションがあがりますねー、やっぱり。

さて、これからどうするか、ということで地図を見たら、なんか異人館とか明治の煉瓦建築とか書いてある。
え?本当に大変失礼ながら、こんな人気の少ないうらさびれた港町に洋風建築!?
一体どういうこっちゃ、と思い訪問することにしました。

でも大丈夫だろうか、ぼろぼろになっているんじゃなかろうか。
明治から昭和初期の、ある意味時代の象徴の一つでもある西洋建築、擬洋風建築は貴重な遺構なのですが、老朽化や耐震設備を満たすための改修工事予算がないため取り壊され、消えていったもの、消える危機にあるものも少なくありません。
以前上野の旧岩崎邸を訪れたときも、案内の方が「もっぱらの懸案事項はとにかく修復維持費用が足りないこと」と言っていたのを思い出します。

観光的見地から言えば、明治の西洋建築や擬洋風建築は、日本人が見て、使って、大事にしないと滅びます。
なぜなら(当然ながら)欧米のお客様は全然興味を持たないし、アジアのお客様は六本木ヒルズやスカイツリーのような近代的高層建築の方が好きだからです。
海外向けの観光素材にはなかなかなりにくいのです。
うまくホテルとかレストラン等々で利用できればまた違うのでしょうけどね。

というわけで、たどり着いたのがダイセル異人館。
なんと「ダイセル」という会社の持ち物でした。
「ダイセル」は1919(大正8)年、三井や三菱など8社合同で設立したセルロイド会社で、その会社の敷地内にある、会社所有の建物です。

会社の建物なら大事にしてもらえている、よかったよかった。

まずは胸をなでおろし、案内板を読んでみる。
つまりダイセル設立時にアメリカ、ドイツ、スイスなどから技師を招き、その技師たちが住んだ住居跡ということですね。

現在2棟が残り、姫路の需要文化財、近代遺産に指定されています。
ピンクの建物は会社のクラブハウスとして使われているので中に入れません。

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入れませんが、建物は使われてナンボ。
大事にされている姿を見るのはなんだかウレシイものです。
たまに一般公開してくれるとなおありがたいのですが。

もう1棟の緑の建物は資料館になっており、守衛さんに申し出れば見学ができるそうです。

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ただ会社の持ち物故か、見学ができるのは月~金のみ。
残念。
中には昔のキューピーさんや起き上がり人形といったセルロイド製品とか、創業当時の写真といった展示物があるそうです。
くー、見たかった。

西洋館の隣になぜかお稲荷さん。

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昔からある日本の会社って、敷地内に神社があったりしますが、この西洋館と鳥居のコントラストがまた文明開化の時代の象徴のようですね。

洋風家屋に瓦屋根という、おそらく同時代の折衷様式の建物もあったんですが、これがなんだか説明がない。

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でも使われている気配はあります。
こういう折衷様式というのが実はとてもおもしろいのですが。

というわけで、ダイセル異人館をあとにして、今度は町中へ。
昔の古い屋敷なんかも残っています。
こちらは庄屋さんの家で築300年だとか。

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この他にも陣屋跡などもあり、結構栄えた跡が残っています。
日本家屋の間に、煉瓦の西洋建築が旧網干銀行が見えます。

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昔の、特に政府系の西洋建築または擬洋風建築はプロパガンダのひとつでもありました。
つまり「もうちょんまげの時代じゃないんだぞ!」という、誰の目にもわかる広告塔です。
情報や通信が今のように全国くまなく、津々浦々まで発達していない明治の頃は、こうして町の主要な建物――役所、県庁など――を西洋建築にすることで、新時代の幕開けをアピールしていたわけです。
銀行や地域の主要産業系の建物なども、それにならい、西洋風のものが建てられていった――というのは明治の建築家、ジョサイア・コンドルについての本にあったのですが。

いずれにしてもこういう建築は財力がないと建てられません。
つまり西洋建築や擬洋風建築のある町というのは、建てられた時代に、それなりの財力がある(あるいは財力のある企業がある)、またその地域の主要な町の一つであったことが伺えます。

で、その旧網干銀行ですが。

建てられたのは1921(大正10)年。
…「明治の煉瓦建築」って地図には書いてあるけど、まぁいいや。
建築家は不明という、「詠み人知らず」の建物です。

網干銀行自体は1930(昭和5)年に三十八銀行に買収され消滅し、さらに三十八銀行も1936(昭和11)年に神戸銀行に吸収されたそうです。
建物は戦後1970(昭和45)年に現在の洋品店となり、今なお現役です。
が、商店街の一角であるためアーケードがじゃますぎ(苦笑)

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でも生きているだけいいのかなぁ。
とはいえ、この商店街自体がすっかりシャッター通りで、お化けがでそうなくらい幌が破れています。

でも威厳がありますね。
漁村をぬけ古い平屋の庄屋さんの屋敷群のなかに、この青銅葺きの丸屋根を戴いた煉瓦の建物が出現した風景は、さぞや異風を放っていたにちがいありません。

ちゃんと調べたわけではありませんが、町の感じからすると、漁業や海上交通の主要地点の一つとして栄え、しかし鉄道、道路の発達で姫路を中心とする輸送ルートの変遷とともに、町も姿を変えていった…という推測ができるかな。

ふらりと訪れたけど、西洋建築の収穫があって結構満足です。
味がありますね。
小さい町ですが町の歩みとしての歴史が静かに残っていました。

そういえば住所に「余子浜(ヨコハマ)」って表示があった。
どうしたって「横浜」を思い出しますが、地名相似かな?
なんか面白気になるのでメモっておきます。
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by kababon_s | 2014-02-06 03:09 | Travel/City

姫路(1):地元飯・アーモンドトーストを食べに行く

1月25・26日と姫路へ行ってきました。
初姫路です。
新国立劇場バレエ団の公演を見に行くついで、といってはなんですが、世界遺産の姫路城もあるしいい機会でした。
とはいえ姫路城は思いっきり天守閣改修工事中だったのですが。

ただちょうどNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」ゆかりの地ということで、町中どこをみても官兵衛だらけです。
山陽電車も官兵衛号ですw

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官兵衛さんの話はまた別項ということで、今回行ったのは姫路市の南西、海辺の地域、網干(あぼし)地区。

目的は姫路のご当地メニュー、「アーモンドトーストのモーニングセット」です。

このアーモンドトースト、ケンミンSHOWで紹介されて一躍有名になったというもので、要はアーモンドバターを塗って焼いたトーストです。

アーモンドバターというもの自体がそもそも私は聞き慣れなかったのですが、アメリカでピーナッツバターにアレルギーを起こす子供に代用として考案された、というもののようで。
それが何故姫路のご当地メニューになったかというのは、仕掛け人の成田珈琲店さんのサイトで詳しく紹介されています。

詳細は読んでもらうとして、ここで簡単にいえば成田珈琲店さんがアーモンドバターの営業用にレシピを作り、いくつかの喫茶店等々でメニューとして採用してもらいお店に出してもらったところ、口コミでウワサが広まり、姫路のご当地メニューとして定着した、ということです。
昭和50年…つまり1975年頃からもうこのメニューがあったということですね。
それなりに歴史があります。

で。

事前にネット等々で物色し、歩いていけそう(←車のない旅行者には非常に重要ポイント)でかつ、呼ばれるところ…と思ったのが「カフェ・ド・ムッシュ網干店」でした。

ケンミンSHOWで紹介された店でもあるゆえベタではありますが、自分の「美味いものアンテナ」にめちゃくちゃ引っかかり、またお店で売っているアーモンドバターは兵庫県の特産品「五つ星兵庫」にも選定されたというし。

というわけで、いざアーモンドトースト。

行き方は「姫路から山陽線で飾磨乗り換え網干行き…」とか、読めんわー!
飾磨(シカマ)とか網干(アボシ)とか、この他にも魚吹(ウスキ)とか、なんか西の方も難読地名って多いわ、北海道ほどではないにしても。

とにかく電車で20分ほど、さらに駅から徒歩15分ほど。

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とにかくテクテクと歩いて辿り着いた店は、結構朝から流行ってます。
常連さんが多いようで、スタッフのお姉さんが「○○さん、おはようございます」と声をかけながらおしぼりとお冷を出していきますよ。
町のカフェです。

こちらはもう観光客と見破られていて、「当然アーモンドトーストよね」的な微笑みで「お決まりでしたらお伺いします」とか、私まだメニュー開いてませんw

でもやっぱり、アーモンドトーストのモーニングセット。

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オムレツかゆでたまごが選べて、サラダ、ドリンクが付いて430円です。
ワンコインでお釣りがきます。

アーモンドバターは少し甘目。
といっても普通にジャムとかを塗って食べる甘さなので、うるさくはない。
トーストはアーモンドバターをたっぷり塗って焼くので、パン自体はフニャッとしていますが、アーモンドのつぶつぶと、半生的だけどでもやっぱりトースト、という食感が面白い。
朝からエネルギーチャージできそうです。

で。
食べ終わった頃にもう1つ…小さな湯のみを持ってきてくれたのですが、これがなんと昆布茶!

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甘目のアーモンドトーストを食べ終わった食後のドリンクで、この昆布茶のしょっぱさが非常に良く合うからオドロキ。
口が逆にさっぱりして、気持よくコーヒーに移っていけるという、ここが一番の感動ポイントでしょうか。
むー、メニューをよく知ってるからできるワザ。
いやいや、ごちそうさまでした。

というわけで。
アーモンドバターも購入してきました。
500円。

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保冷剤を付けてくれたのは、ほんとにバター(実際はマーガリン)なので、溶けるからなんですね。
冬だから良かったですが、ホテルに帰ったら速攻冷蔵庫行き。
お持ち帰りする場合は保冷袋を用意していったほうがいいかもです。
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by kababon_s | 2014-02-02 00:05 | Travel/City

松代(1):ジュサブローの真田信之は激イケメン

長野市松城町、真田信之の「聖地」、行ってまいりましたが!

最初に訪れた真田宝物館に、予想外のジュサブロー作、真田信之人形があってもう、そこでまず頭がショートしました(笑)
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しかもその信之人形、激絶イケメンなんですよ!
見てよ!

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このスラリとした立ち姿。
残された胴丸や鎧などから、真田信之は身長185cmはあったのでは、と推測されていますが、戦国時代の185cmってもう、巨人族の部類じゃね??

人形は昔むかーし、NHK人形劇「真田十勇士」で使われたもので、番組終了後、信之縁の松代町・真田宝物館に寄贈されました。
松代は信之が二代目徳川秀忠のイジメによる国替えで初代となって治めた藩で、真田的にしぶとく10代に渡り明治維新まで存続し、今なお14代目がいるという町です。


ジュサブロー人形に戻ります。
お兄さま、顔も凛々しいです。
知的で時代や戦場の風と空気を読む、ゲリラ戦の名手であり、かつ国主でもある器を備えた顔です。

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そのゲリラ戦の戦っぷりに、敗走させられた当の家康本人も、家康四天王の本多忠勝も惚れ込み、信之に本多の娘を嫁がせたわけですから、人望も相当あったでしょう。
伝えられているところによると、信之の性格は温和で冷静。
その性格・人望もまた、関ヶ原以後、父と弟が敵方となっても生き続けられた要因の一つと思われます。

で、185cmのイケメンです(くどいw)
しかも得意技はゲリラ戦だよ。
萌えずにどうする。

どあっぷ。

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正面から時代を見据え、己の立場を見据え、己の信念を見据え、父・弟と袂を分かち東軍に付くことで、これから大いに被るであろう荒波をも覚悟したかのようにも見える目です。

とにかくこの信之人形、見た瞬間「あああああ、まさに信之だぁ…・゚・(つД`)・゚・ 」と思いましたよ。
ジュサブローさん、「信之」という人物をしっかり真正面から捉えてくれています、ホント。
素晴らしいです。
さすがジュサブロー!
しかもコレ、どうしたってジュサブロー的イケメンですわよ。
かっこよすぎて泣けてくるわ。

ちなみに父ちゃん・昌幸と弟・幸村人形は、何故かセットで広島県三次市の「みよし本通り人形館」にあるそうです。

写真もないし遥かはるーーーーーか遠い記憶に頼るしかないのですが、父ちゃん人形はしたたか系の顔で、幸村は「中肉中背で、実はパッとしない」という伝書はともかく、どちらかといえば丸顔の熱血系一本気な顔だったかと。
幸村は「崖っぷち土壇場一発巨大打ち上げ花火」みたいで、これはこれで面白いんですが。
いずれにしても、松代で兄ちゃん一人で寂しいだろうから、ぜひジュサブローさんに嫁の小松姫も作っていただいて、隣に並べていただきたいもんです(切実)。

父ちゃんや弟に比べて一般的には地味な印象の兄貴ですけど、これは池波正太郎先生も「信之は文武はもちろん、君主としての器も、弟・幸村はもとより、父・昌幸も凌ぐ器量の持ち主であった」的なことを書いておられますが、ホントにそう思います。

何よりね。
戦国時代とか幕末とか、あるいは源平末期にしても、こうした価値観も変わっていく難しい時代だからこそ、時代や世の流れをしっかり捉えて、なおかつ己の信念いうか“芯念”をピシっとぶらさずに生き延びた人こそスゴイと、私は思うのです。

時代の空気を読めない討ち死には、やっぱりかっこ良くない。
イケてないです。
そんなもんに美学など感じないし、それを美学としてもてはやすセンチメンタリズムは、私はどうも理解しかねるのです。

それでも生き延び、生きながらえる方が難しいし、やりのけた人はすごい。
人間、生き延びてナンボ。

結局信之兄ちゃん、93歳まで生きたわけで、生き延びすぎ…とは言わないけど(苦笑)、隠居もさせてもらえず91歳まで現役だったというから、どれだけやりのけたのか。
どれだけ背負って生きたのか。
想像するだに、本当に重く、凄まじい人生だったろうなと思うのです。
…で、185cmのイケメン(くどい)。
燃えどころも萌えどころも多すぎるのです、静かに。

ちなみに真田宝物館、中にお金の返ってくるコインロッカーがあり、隣が観光案内所とレンタサイクルの貸出所です。
長野方面からのバス停が道一本隔てた裏に当たるので、観光拠点とするには便利です。
ただし開館17時までなので、荷物の引き取りは時間に注意。
展示内容は年に4回入れ替えなので、HPで確認。
今回見そこねた展示があるので、いずれまた行きますよ。
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by kababon_s | 2013-07-30 02:16 | Travel/City

南アフリカ(1):テーブルマウンテンにいたぷりちぃな奴

ケープタウンのシンボル、テーブルマウンテンは3億5000万年前の海底が隆起してできた山だそうで。
縞々の3億5000万年前の地層が目の前に迫ってくるという、なんとも地球の力と雄大さを感じる山です。

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運が良ければ登れる山に、今回は予定通り一発で登れたのはラッキー。

そして山頂にはこんな子がいました。

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ぷりちい。
ロックダッシーというのだそうです。

のんきな子で、寄ってもぼーっと寝てます。
ネズミみたいに見えます。

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でも。

なんと!
ゾウ科の動物なのだそうですガ━━(;゚Д゚)━━ン!!

こんなにちっちゃいのに!

ゾウ科ゆえに、足の裏は象のように平らで、肉球もないって。
いや、動物の進化ってどうなっているんでしょう。

しかもテーブルマウンテンの植生、この「テーブルマウンテン」の固有種だけで2000種以上。
これは英国全土の固有種の数より多いのだとか。

不思議の国、ワンダーランドな南アフリカ。
欧州やアジア、アメリカとか、主な旅行地に行き尽くした人が、それでも新たな驚きや発見で感動する、というのも頷けます。
いや、想像していないこと、していなかったことなんかが次々と目の前に現れ、ほんとに興味深いです。

そして朝、ダーバンでインド洋を見て、夕方にはケープマウンテンの上から大西洋を見ています。

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3億5000万年前の地球の雄大な営みに思いをはせ、大西洋を眺めている人間をよそに、ちっこい体のゾウ科のこのロックダッシー君は、雄大な景色の中で、べちゃーっととろけるように日光浴してました(^_^;)

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雄大だ。
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by kababon_s | 2013-05-14 07:29 | Travel/City

三銃士の旅:ベアルン銃士隊の郷

ダルタニャンの故郷ガスコーニュを離れて、アトス・ポルトス・アラミスとトレヴィル隊長の故郷、ベアルン地方にはいってます。
ポーの街を拠点に、ベアルン銃士隊の郷巡り。

ブルボン朝の祖、アンリ4世縁のポーのお城。

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実は中世にこのお城にいた太陽王子ガストン・フェビウスも好き♪


ポーからオロロン・サントマリーへ。

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観光局の隣にトレヴィル隊長の像があります。


オロロンからちょっと離れたムムールの村。

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この村にあるシャトー・ド・ラモテにはリシュリュー枢機卿が滞在したというお城があって、現在シャトーホテルになってます。

「銃士の郷へようこそ」の看板。

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アラミッツ村はアラミス縁の地。

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バレトス村に銃士縁の展示がありましたが、内容はこれからか。

ポルトス城は現在ホテルでマダムもお元気。
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そしてトレヴィル隊長の領地だったトロワ・ヴィル村のお城。
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アトス村もあるのですが、結構離れているうえ村に名前が村に名前が残っているだけで、今回は時間的なことも含めて、また今度。

この旅の詳細は後ほど。
あっという間に、明日は帰国です。
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by kababon_s | 2012-08-15 10:54 | Travel/City

三銃士の旅:2012ダルタニャン祭り(1)

ダル祭りの旅、とりあえずしばらく簡易版で。
旅程としては2日目のオーシュです。
今回の旅の同行者は全員大阪発。
私一人だけ羽田いうか東京発ゆえに、深夜発便で一足先にトゥールーズに到着。
大阪組が到着するまで20年ぶり近いトゥールーズ観光を楽しませていただきました。
トゥールーズに地下鉄走ってるって何(笑)

でもねー、37度とかないわ。
湿気がないからただ、焼けるように暑い。
カバは暑さに強いので、それでも歩き回ってましたが、あまりの暑さにビール3回くらい飲みました(^_^;)

夜には無事大阪組とも合流して、本日2日目のオーシュもまあ37度とか、そのくらい。
ここはただ、ダルタニャン像があるので、それが目的でした。

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周辺工事中で足場背負ってるのが残念なダル。
山猿じゃない、結構オトコマエです。

町中に「コンスタンス」というショコラティエを発見して、結構萌えましたな(笑)
そこのマダムがこだわり系の、また大柄でオカマのお姉さんみたいなハスキーボイスでなかなか興味深かったのですが、それはまた後ほど。

それにしてもオーシュというのはガスコーニュの首都ではありますが、歴史的には本格的に都市として歩み始めたのが16世紀の司教座設置からゆえに、結構フランス的には新しい町です。
ホントに、ダルとフォワグラの町って感じ。

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by kababon_s | 2012-08-11 08:53 | Travel/City

エドモントン&カルガリー(1):巨大なカナダ ~街ができるまで200年~

エドモントンからカルガリーへ。
すでにエドモントンの日程を終了してカルガリーに入っています。

何度も来てるカナダですが、つくづく巨大さを感じる国です。
およそ日本の感覚では、まず想像がつかない巨大さ。
bigという単語じゃ表現しきれない。
huge…なんだろうけど、時々まだそれでも足りない気がします。

聞いたところによると、カナダ西部の都市バンクーバーからカナダ最東部の都市ノバ・スコシアまでの距離と、成田/バンクーバー間の距離が同じだとか。
国の端から端までの移動距離=成田/バンクーバーの移動距離、というわけです。
フライト時間は8時間ですよ。
どんだけでかいww!
ほんとにね、このでかさは体験してみないと分からないと心底思います。
一生のあいだに、少なくとも一度は行っといた方がいいと思います。

で、エドモントンもやっぱりhugeです。
街としては人が少なく、スペースばっかりな感じもしますが、でもでかい。

カナダ西部、アルバータ州の州都。
アルバータ州といってもピンとこないかもですが、バンフやレイクルイーズ、ジャスパーなどがある州で、カナディアン・ロッキーの右側というか、東側に当たります。
オリンピックの会場になったウィスラーはカナディアン・ロッキーの西側で、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州になります。
つまりはロッキーを越えたところにあるわけです。

で、このエドモントンのある辺りからさらに東のサスカチュワン、マニトバ州辺りは「大平原地帯」と呼ばれる、とにかくひたすら、平らな地域。
この間に時差がすでに2つあります。
ちなみに西のバンクーバーとエドモントンの間にも時差があります。
ホントにどれだけだだっ広いのか。

そのだだっ広さを歴史に換算すると、東側とは約200年の「時差」になります。
現地で会ったモントリオール人が「(エドモントンは)若い町よね。200年くらいだものね。モントリオールは400年よ。もちろん欧州や日本はもっと歴史は長いけどぉ…」というように。

まあ、モントリオールも、実は370年くらい、ケベックシティで400年くらいなんですが。
それにしたって17世紀頃から英仏が競って本格的に植民を開始し、街を造り、西へ西へと国を拡大し、Go Westしながらロッキー山脈の東側、ふもとに到達するまでに200年近くかかっているということですね。

平らな大平原地域を延々と越えて、街ができるまで200年。

気の遠くなる旅です。
やっぱりhugeです。
ほんとに。

街はビーバーの毛皮の交易商人の中継地点としての役割を担い、19世紀に建設されたカナダ横断鉄道、そしてゴールドラッシュが発展に拍車をかけたとか。
街中には100年前の建物と近代の建物がミックスして建ってます。

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埋もれつつも存在している100年前。

そのエドモントンがアルバータ州の州都となったのは1905年のことで、今でも古式(?)ゆかしき、昔のままのスタイルで、知事や役人の任命式が行われています。

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いや、たまたま州議事堂のインサイドツアーに参加したら、その任命セレモニーをやってたんですよね。
写真を撮っていいタイミングにちと制限がありまして、小さいんですが、昔のままの服装で、由緒あるロッドでドアを叩いて、役人が任命式開始の時を告げております。

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てか、普通こういう大事な式典があるときに観光客を入れるか??
…と考えるのが日本人。
やっぱり、いろいろな部分で本当におおらかで、hugeだなぁと思うのです、カナダ。
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by kababon_s | 2012-05-18 18:17 | Travel/City

旅行関係でニュース2つ:牡蠣と世界遺産

●アルカッションの牡蠣は仙台牡蠣を救うか

以前フランスのアルカッションを訪れたときのブログ(http://kababon.exblog.jp/12338444/)で、アルカッションの稚牡蠣は仙台から取り寄せたものだという話を書きました。
フランスの牡蠣の70%はアルカッション産ですから、つまりフランスで流通しているフランス産牡蠣の7割は、仙台牡蠣の子孫なわけです。

ちょうど訪仏したときがあの震災の2週間後だったので、「仙台の牡蠣の被害いかんによってはフランスから里帰りさせればいいじゃないか」という話をしていたんですが。

実際、フランスが仙台に援助の手を差し伸べているようですよ。
すごいすごい!

レポート1 http://ameblo.jp/311-2011/entry-10934227613.html
レポート2 http://ameblo.jp/311-2011/entry-10935874649.html
レポート3 http://ameblo.jp/311-2011/entry-10937276108.html

その名も「France Okaeshi Project(フランスお返しプロジェクト)」。

つまり、アルカッションの牡蠣が何故か死滅した際、援助してくれた仙台にお返ししようというものだとか。

三陸牡蠣は母貝も養殖資材もすべて流され、何も無い状態だという。
そこにフランスは稚牡蠣を送ってくれようとしてるが、フランスと日本は養殖方法が違うため、フランスが提供しようとしてくれる資材では日本ではムリなのだとか。
それでも日本の要望を聞きながら、それに近い資材を集めようとしてくれているようだ。
なんかもう、本当に人と人って助け合い。

稚牡蠣を海に沈めるリミットは7月15日なのだそうだ。
間に合うのか??

なんかマジで時間作って取材したいネタだわ。


●新たに「世界遺産」2つ

小笠原諸島と平泉が世界遺産に登録されました。
国立西洋美術館を含むル・コルビュジェは見送りになりましたが、ともかく特に平泉はリベンジに加え、被災地支援というか、地元の励みになることがなにより大きい。

実は仏教って世界三大宗教と言われるけれど、インドはもとより、シルクロードを経た大陸の国々では極めて少数派だし、殊に大乗仏教が生活にきちんと根付いて残っているのは日本くらいなんですよね。
さすがシルクロードの東の果て、というべきか。
中国もいないわけじゃないけど、文革を経ているから、純粋に宗教として考えると、どうなのだろうと思うし。
そういう意味では、日本の大乗仏教は神道とミックスとはいえども、かなりしっかり、伝統的に残ってると思う。
韓国は儒教と、意外とキリスト教が強いしな。
タイやミャンマー、スリランカは小乗仏教で、大分ヒンズー教の影響も入っちゃってるし。

だから日本の仏教史跡って、すごく貴重だと思うのですよ。
日本にいるとあまりに普通にあるから、うっかりしちゃいそうだけど。
ゆえに日本の仏教史跡はもっと登録されてもいいのではないかと思います。
まあその稀少性とか特徴を西洋人に分からせるのは、すごく骨が折れると思いますけど。

小笠原は極めて順当というか、ホントにそれだけの価値があると思います。
なんでもっと早くならなかったのかな??と思うくらいです。

で。
実はその数日前に「屋久島の立ち入り制限案が町議会で否決」というニュースを聞いて、がっくりというか、なんだかなぁ…という気持ちになっていたとこでした。
以下ニュースの引用。

世界自然遺産にも登録されている島の自然を守る趣旨に異論は出なかったが、観光業への影響を考慮すべきだとの意見が多かった。

…というのが否決の理由だが、観光業のことを考えるなら、なおさら立ち入り制限はある程度設けるべきなのであります。
すでに南米のガラパゴス諸島は環境破壊の危機にあり、その立て直しを図るために立ち入り制限を設けているわけだが、その二の舞になっちゃいかんだろうが。

屋久島は自然遺産。
壊れたらおいそれと修復などできないのである。
「今」の観光業(でっかいホテルとか造っちまったから、稼動させねばならないのだろうが)に捕われ、子の代、孫の代には残せない…なんてことになったら、それこそ大損失だ。
世界遺産である以上、世界に対する犯罪でもある。
…って言ってて原発のことを思い出してしまいましたが。
やっぱり子の代、孫の代まで残せない「開発」は、賢くない。

そんなわけで、特にこれから小笠原がどのような観光モデルを作っていくのか非常に気になるところです。
東洋のガラパゴスが「環境破壊の危機」なんて、本家ガラパゴスの後追いなどしませんように。
景観破壊に繋がる無粋な箱ホテルが乱立したら大変だ。
この辺については詳しい人達がたくさん周りにいるので聞いてみようと思います。
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by kababon_s | 2011-06-29 01:11 | Travel/City